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Business Woman Interview No.71
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澤田智子 さん |
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サワダ不動産 総経理
中国人の夫は、日本人女性は家庭的と思っていたでしょうから、期待外れだったのではないでしょうか(笑)
12年前に単身中国に渡り留学、仕事でくじけそうになりながらも、ついに起業。そして国際結婚と、異国文化の中で二の足を踏んでしまいそうな状況にも「単純だから」と笑い飛ばす澤田さん。そんな内に秘めた芯の強さを感じさせる澤田さんにインタビュー。
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| ―中国に来たきっかけは何だったのですか。 |
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通っていた大学で、中国人留学生が学費を稼ぎながら勉強も頑張っている姿に心を打たれ、「彼らと中国語で話したい」と思ったのが、留学を決めたきっかけでした。95年当時、杭州師範学院の留学生は私とフィンランド人の2人だけでした。授業はマンツーマンで良かったのですが、寮のお湯が出ない、度々の停電、廊下にねずみが走るなど、絶え間なく押し寄せるカルチャーショックに、3日で帰りたいと思いました。でも、航空券の買い方が分からなくて、帰れなかったんです(笑)。今、思えば、帰国しなくて良かったですけれど(笑)。
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| ――卒業後、上海で就職活動をした時、苦労されたそうですね。 |
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はい。人材会社に登録したり、つてを頼って面接を受けに行ったりしましたが、留学10カ月の語学力では、採用してくれる会社は見つかりませんでした。上海で働くのを諦めて帰国を決めた日、友人と行ったボーリング場で偶然、日系企業の総経理と知り合いになりました。その方は、私が就職活動でつまずいていると知ると、あちこちの企業に声を掛けてくださって、それでようやく1カ月後に就職先が決まったのです。あの時の出会いが無ければ、今の私はいませんでした。
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| ―就職した先は日系の不動産会社だったのですね。仕事はどうでしたか? |
営業職だったのですが、毎日、上司から叱られていました。「仕事を取って来い」と言われるのですが、どうやったら良いのか全くわからないので、取れるはずもありませんよね。取れないから、また叱られるという悪循環で、とても落ち込みました。もう営業の仕事は辞めようと転職活動を始めました。ところが、転職希望先で、自分のこれまでの仕事内容を詳しく説明するうちに、なんと、その会社から不動産の仕事をもらえるようになったのです。次々と仕事が回り始め、上司からも認められるようになりました。そこからは、がむしゃらに仕事をしましたね。
食事を忘れて夜中までの残業も何度もありました。
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―そうして、起業したのは6年前ですね。 |
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そうです。結婚を機に起業しました。夫から起業を誘われたのがきっかけだったのですが、やはり勇気が要りましたね。社会の変化が激しい上海で、日本人が起業してやっていけるのか、本当に自信がありませんでした。でも、仕事のパートナーが人生のパートナーでもある夫だったことが良かったのかも知れません。この6年間、お客様の信用を得るために、ただ必死に走ってきたというのが本当のところですね。
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| ―会社は順調に大きくなっていますね。 |
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お蔭様で現在、日本人スタッフ
6人を含む34人のメンバーで、日本人の住宅や事務所のご紹介とサポートをさせていただいています。外装は良くても室内はまだまだというのが、上海の物件の実態です。月賃料5000米ドルの物件でも、水漏れがあったりすることも珍しくはありませんし、日本では考えられない不測の出来事が起こったりします。だから、私は、物件を紹介した後のアフターサービスに特に力を入れています。例えば、インターネットが接続できない、冷蔵庫が壊れたなどのちょっとした問題でも
24時間対応に当たっています。
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| ―旦那様は上海の方ですが、国際結婚をしてみてどうですか? |
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私の父は、日本人には珍しく家事をバリバリこなす男性で、
そんな父を見て育ってきた私は、父のような男性と結婚したいと思っていました。大学時代に友達になった中国人留学生の優しいこと!
家事の上手さにも感心しました。その時、私は決意したのです。「中国人と結婚するぞ」って(笑)。念願かなって、今の主人とめぐり合うことができました。私の方は念願がかなったのですが、主人はきっと「日本人女性は、優しくて家庭的」と思っていたでしょうから、期待外れだったのではないでしょうか(笑)。
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| ―ご両親は国際結婚について心配されませんでしたか?。 |
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実は、結婚を報告したのは
1年後なんです。留学の時も、手続きを全部済ませて荷物も送ってから、初めて留学することを親に話しました。私は1人っ子なので、
色々反対されるかなと思って事後報告にしたのですが、両親は、娘が独立することを喜んでくれて、
どちらも快く認めてくれました。
娘が想像していたよりも、両親の考え方がずっと進んでいたんですね。
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―国際結婚の良かった点は何でしょうか。
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私は学生の頃から、一生仕事を続けていきたいと思っていました。でも、日本の社会的なサポートはまだ十分ではないし、社会的通念からも大手を振って働き続けるというのは難しいなと感じていました。でも上海では、男女が家事も仕事も平等に負担し、それが当たり前という雰囲気なので、自分も夫に引け目を感じずに働くことができる。それが良かった点ですね。
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―公私共に順調なようですが、今後の展望は?
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多種多様な物件がますます増えていく上海で、弊社も物件の紹介だけでなく、ビル管理にも仕事の幅を広げたいと思っています。そのために、ビル管理会社を設立したいですね。自社の方針で管理できる物件ならば、お客様に安心して使ってもらえるからです。それには多くの優秀な人材の確保と十分な社内教育が必要です。これからもスタッフともども頑張っていきたいと思っています。
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| ■ サワダ不動産
(上海澤多房地産経紀有限公司) |
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