広州生活
第6話 女酒豪家の珠海細腕繁盛記「お葬式」
この世の中、国は違っても悲喜交々に大きな差はなく、結婚式といえば喜び事で、お葬式といえば悲しみ事である。もっともお葬式の場合、大往生であれば当人の人生を労い、ご苦労様の想いも強く一概に悲しみ事とはいえないが、それでもやはり心は寂しく感じるものである。
私の祖母のお葬式は正に大往生の典型であった。久しぶりに集まった親戚達「御婆様が私達を再会させてくれたのね~、明日は黄門祭りを見に行きましょうか~」。お葬式に参列に来たというよりは祭り見物の方がメインのようであったが、「御婆様の御導き」といわれれば文句の言葉も飲み込むより仕方がなかった。それはそれとして私は実は祖母を恨んでいる。友引の朝に他界した祖母は親友や親戚の家の鯉と共に、あろう事か私の愛犬まで連れて逝った。あの朝の私の涙は祖母のためであったのか愛犬のためであったのか、未だに判別がつかない。
中国へ渡ってからも何度となく参列した葬儀は、どれも大往生には程遠い辛い別れとなった。珠海の外れの小さな村の、病院と呼ぶにはあまりにお粗末過ぎるその場所で息を引き取ったその人は、毛布の一枚も掛けてもらえないまま、冷たいコンクリート台の上に無造作に寝かされていた。下着一枚の姿を前に、私は冗談ではなく真剣に思ったものだ。
「こんなことが自分に起こらないとは限らない。下着は常に上下整った綺麗なものを身につけておかないといけない」
そこから火葬場(遺体安置場)まで移動しなければならなかったが、担当のように見えた人達は微動だにせず、動いてもらうためにはお金が必要と気付くには少々時間がかかった。相場も分からないまま200元を渡すと、やっとご遺体を車に運び火葬場まで移動してくれた。この日の昼頃、私はその人と口論をして別れていた。
「明日も会えるから、話は明日でいい」どんなに悔いたところで、もうその人と話は出来ない。日本に帰りたいと、ずっと願っていたその人は、中国の火葬場で荼毘に付された。私たち多くの日本人に見送られたその表情は、死化粧のせいか驚くほどに安らかな顔をしていた。
私の祖母のお葬式は正に大往生の典型であった。久しぶりに集まった親戚達「御婆様が私達を再会させてくれたのね~、明日は黄門祭りを見に行きましょうか~」。お葬式に参列に来たというよりは祭り見物の方がメインのようであったが、「御婆様の御導き」といわれれば文句の言葉も飲み込むより仕方がなかった。それはそれとして私は実は祖母を恨んでいる。友引の朝に他界した祖母は親友や親戚の家の鯉と共に、あろう事か私の愛犬まで連れて逝った。あの朝の私の涙は祖母のためであったのか愛犬のためであったのか、未だに判別がつかない。
中国へ渡ってからも何度となく参列した葬儀は、どれも大往生には程遠い辛い別れとなった。珠海の外れの小さな村の、病院と呼ぶにはあまりにお粗末過ぎるその場所で息を引き取ったその人は、毛布の一枚も掛けてもらえないまま、冷たいコンクリート台の上に無造作に寝かされていた。下着一枚の姿を前に、私は冗談ではなく真剣に思ったものだ。
「こんなことが自分に起こらないとは限らない。下着は常に上下整った綺麗なものを身につけておかないといけない」
そこから火葬場(遺体安置場)まで移動しなければならなかったが、担当のように見えた人達は微動だにせず、動いてもらうためにはお金が必要と気付くには少々時間がかかった。相場も分からないまま200元を渡すと、やっとご遺体を車に運び火葬場まで移動してくれた。この日の昼頃、私はその人と口論をして別れていた。
「明日も会えるから、話は明日でいい」どんなに悔いたところで、もうその人と話は出来ない。日本に帰りたいと、ずっと願っていたその人は、中国の火葬場で荼毘に付された。私たち多くの日本人に見送られたその表情は、死化粧のせいか驚くほどに安らかな顔をしていた。
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2008-06-09掲載
※この情報は上記日程に掲載されたものです。
掲載日時より数ヶ月後の掲載情報の保障はいたしかねます。情報の確認は各々お店または企業へお問い合わせください。
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