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洪秀全故居/洪秀全紀念館---週末にちょこっと行ける小旅行
広州の北に位置する花都は、中国の民族革命の発端となる太平天国(1851~1864年)を興した洪秀全の出身地。その勢力は長江から広東にかけて広範囲に及んだ。科挙に落第後、出会ったキリスト教の影響を受け、理想の国家を創り上げようと夢見た、彼の出身地を訪問した。
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洪秀全故居:外観
花都区新龍鎮大村官禄にある洪秀全故居。のどかな風景は洪秀全が理想とした国家をイメージさせる
太平天国創設者の出身地を往く
客家出身である洪秀全(1812~1864年)は今の花都にあたる花県出身。3度目の科挙落第直後に出会ったキリスト教に影響を受けた彼は、教義を自らの解釈による拝上帝教を説き伏せ始め、広州で布教活動を開始。その後広西壮族チワン族自治区へ移動し、勢力を固めた彼は、1851年、キリスト教による国家樹立を目指し、自らを天王と自称し、太平天国を興した。
この「太平天国の乱」と呼ばれる反清戦力は、アヘン戦争(1842年)直後に起こったこともあり、翌年天京(南京)を落としたあと、次第に勢力を拡大。長江から広東エリアの広大な地域を支配し一時は強盛を誇った。しかし、トップの内紛により勢力は弱体化し、1864年、曾国藩が率いる湘軍に天京を攻略され滅亡した。
現在、官禄にある洪秀全の故居は、1845~49年の間、この地を拠点として布教活動を行っていた場所である。太平天国蜂起後、この故居は清軍により灰塵となったが、新中国の手により 1959年、再建されている。敷地内には洪氏の廟や洪氏一族の墓、洪秀全が教えていたといわれる私塾跡などが残っており、後の評価である「民族革命」とは程遠いのんびりした場所となっている。
また、花都中心部には彼の活躍を記念した洪秀全紀念館があり、館内は太平天国軍の発展と進撃、天敵である湘軍との交戦状況などが詳しく紹介されており、当時の様子を詳しく知ることができる。
洪秀全故居:外観
この地で洪秀全は私塾を営みつつ、布教活動も行っていた
洪秀全紀念館:外観
花都中心にある洪秀全紀念館。広州市から704路のバスで行くことができる
洪秀全紀念館:館内
館内は太平天国創設から滅亡までの軌跡が詳しく紹介されている。
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洪秀全故居
住所:広州市花都区新龍鎮大村官禄
電話:020-3686-1225
営業:8:30~17:30
¥:10元

洪秀全紀念館
住所:広州市花都区新龍路52号
電話:020-8683-2232
営業:8:30~17:30
¥:5元


アクセス
広州から花都までバスで移動(1時間)。花都長距離バスターミナル前から洪秀全故居終点の21路バスが12分おきに発車している(約20分)
2008-08-29掲載
※この情報は上記日程に掲載されたものです。
掲載日時より数ヶ月後の掲載情報の保障はいたしかねます。情報の確認は各々お店または企業へお問い合わせください。
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